株価が下がる・・・邦人3人拘束による

前回の株を購入した際は、スペイン爆弾テロ。
今回の株購入の際には、邦人拘束。

どうして、こう間が悪い。
それにしても、ドルを買うなら今と思っていた私は、円も厳しくなりそうで、様子見を余儀なくされる金曜日。

拘束?
本当かもしれないし、狂言かもしれないし。
どっちともいえない。

だいたい、人質が3人?
韓国人が解放された?
他のイギリス人、イスラエル人、アメリカ人は?

私は理解に苦しむ。

まして、10時にアンマンを出てでバグダッドまでは、だいたい9時間から10時間くらいの所要時間である。
4月6日10時に出発というのは、おそらく遅れていると思われる。ここでは、誤差は1時間くらいとみてもよいだろう。

日本との時差は6時間であることを考えると、日本時間で16時くらいに出発とみる。

誘拐のニュースが入ったのが4月8日の20時(日本時間:イラクだと14時)そこそことなることを考えると、考えられる選択肢は、どこかで一泊。あるいは、拘束されてからの時間が長い。

まる一日と4時間の空きがある。移動に9時間~10時間である以上は、17~18時間も空白の時間が存在する。

この時間では、宿泊と散歩の時間をもしもとった場合は、寝る時間を8時間と設定した場合には、せいぜい、4時間の外出時間を入れたとしても、3時間~4時間は空きがあるとも言える。ここは、私の適当な推測。

となると拘束されてから犯人がアル・ジャジーラにテープを持っていく時間、テープを編集する時間を2~3時間とすると順当な時間とも言える。

時間的にはそれほどの問題があるようには見えないが、怖いのは、犯人たちが計画的であるように見えて、計画的には見えないほど、杜撰な部分を持っていることである。

パスポートを見て日本人の選別を行ったのはよいとしても、人質は1人でもいいはず。3人の命も1人の命も変わらないのだし、世話をするのに面倒だからだ。

しかも、気になるのは、女性が目隠しをされていないときに、何かに話かかけている映像があったが、どうも緊張感がかけている。

今まではあっさり殺害していたのに、今回は生かしている。

声明も府に落ちない内容。

死覚悟で行っている邦人としては狂言にしろ、そうでないにしろ、自衛隊が帰ればよいと考えている側面もある。

答えは11日にわかるようだが、どっちにしろ、自衛隊は帰ってこないはずだから、明るい見通しはない。

それにしても、イギリス人、イスラエル人、アメリカ人は今どうなったんだろう。
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# by mir2004jp | 2004-04-09 13:49 | What I think about

パキスタン、イランに行った時の制限事項

1999年7月にインドのデリーにおいてパキスタンとイランのヴィザ取得をしたときのことを思い出す。

1日目
1.日本大使館に赴き、レターをもらう。
2.パキスタン大使館で申請をする。
3.イラン大使館で申請をする。(パスポートはコピーでよい)

2日目
1.パキスタン大使館でヴィザを取得する。(無料)

7日目
1.イラン大使館に振込み用紙をもらう。
2.メインブランチ(銀行)で振込みをする。
3.イラン大使館でヴィザを取得する。

確かこんな流れだった。
でも、このレターをもらうという行為の際に驚いたことがある、誓言が必要なのである。
万が一、危険な個所にいって怪我や命を失うようなことがあっても、自分の意志によって向かったものであるといったことを認めるということと、日本国は関係ないといったことを宣言するのである。

実際、パキスタンには危険である個所はある。日本でもあるということを言う人がいると思うが、自国にいるときの危険に対する対応方法と海外においての対応方法は、受け止め方によってはことなるはずである。まして、バスで移動する際に2箇所だとか、日本人登録をさせられるであるとか、用心棒が乗るというような、危険ですよと明白にわかる個所への対応は、普通はいかないといいきればすむのだから。
そういった意味でも、まだ覚悟ができるのである。

さて、私も日本人登録を行うことを、フンザに向かう際に行ったが、クエッタという町に宿泊するときにもパスポートのコピーが必要だった。
残されたものへの足跡は必要ということなのか・・・
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# by mir2004jp | 2004-04-08 23:14 | What I think about

スペインへ

以前、スペインに行った。
1999年8月。
アトーチャ駅からすぐのところにあるプラドでヒエロニムス・ボッシュ(オランダ)の「快楽の園」あるいは「悦楽の園」を見たくて、見たくて、ただ見たくて、行った。
結局、アトーチャについたころには、それだけ、希望していたのにも関わらず、どうでもいいというと語弊があるかもしれないが、スルバランや、ムリリョで終わってしまった。
私にとって、その当時、渇望して止まない画家はウィリアム・ブレイクや上記のボッシュであったり、セヴィージャのホアン・デ・バルデス・レアルであったわけで、ホスピタル・サンタ・カリダードに行った際も、レアルの隣のムリリョは申し訳程度にしか見なかった。
今度こそはと、爆弾テロにも怯えず、見に行きたいと思っている。
そのためには、若干の遠回りが必要であると考えている。
あの巻き舌の英語も捨てがたいのだが、やはり、きちんとスペイン語を話せたらうれしい限りなのである。
バルセロナで会った女の子の「スーパルマルケット」は素晴らしい巻き舌で奏でられた言葉だった。私も真似をしたものだが、如何せん、それは英語を話すスペインの女の子の発音の真似であって話のネタにしかならない。
スペインに行きたい。あと2ヶ月の辛抱。
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# by mir2004jp | 2004-04-08 19:42 | What I think about

旅の準備をそろそろ始めなければ

本日より、準備を始めよう。

パスポート
T/Cは後回し。
キャッシュも後回し。
クレジットカード
国際学生証(メヒコで調達か?)
YHのカード(急ぎでつくらねば)

これくらいかな
なかなか面倒だな
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# by mir2004jp | 2004-04-07 16:47 | What I think about

ブログを勧められて

かなり哀しいことに、
「今までの苦労はなんだったんだ~」
と叫びたい。

掲示板も、日記もいらないじゃないか!
ちょくちょく修正加えて、良いものにしていくことに専念しよう。
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# by mir2004jp | 2004-04-07 01:45 | What I think about