<   2009年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

Viet Nam ホアンキエム湖

この湖はハノイの象徴だ。
そして、ここはデートスポット。
夜は、ここでベトナムのカップルがいちゃついていました。
なかなかよい場所でした。
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by mir2004jp | 2009-02-28 15:05 | Asia

Viet Nam かんばせ(顔)を

ベトナム。この国に何を見出すのか?

日本はベトナムに投資をしている。
そして、それは意味があることなのだろか?

かつて、100年前に頼ってきたベトナムを門前払いした日本は、ベトナムの仇だったはずだ。
しかし、この国は儒教の国であるはずが、その実はアジア特有の宗教取り込み構造に異変があったように思える。いや、正確には宗教が根底にあるのではなく、生活という基盤、女性たちの底知れない力が支えていたからなのか。それらが、今のベトナムが日本に対しての敵愾心を和らげることとなっているのかもしれない。穿った見方をすれば、投資対効果のあがらないことは仇を返す結果ともいえるが、ベトナムの人柄は、勤勉とはかけ離れた場所にあるため、いたし方ないとも言える。

しかし!

私はこの国で好きな部分がある。
客への笑顔。

私は笑顔が見れればそれでいい。

ハノイでパイナップルを売っていた女性。かわいらしい。
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フエでマンゴスティンを売っていた女性。なかなか渋い。
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ハノイのバイクタクシー。最高の笑顔だ。
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今回のベトナム旅行の最後の一枚は、ホアンキエム湖。次の回にします。
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by mir2004jp | 2009-02-28 09:47 | Asia

Viet Nam Caminando

Caminando・・・歩いている
スペイン語のこの進行形の言葉はとても気に入っている。

ベトナム・ハノイで宿泊したはじめの宿はYOUTH HOTEL。
ここから眺める景色は気に入っている。旅行しているときは、非日常を感じられる一瞬がある。
その瞬間は意外とこういったふとした瞬間に見つかるように思う。一瞥を永遠にすること。
前の日、日本にいた私は朝、違う国にいる。久々というのは意外とよいものだ。
旅モードはすぐに切りかえた。体は正直で足は一日の歩行時間12時間に以上にさすがに堪えた。
朝7時半から、すべての荷物をもち夜行列車の出発時刻23時(22時45分に駅に到着)の間、食事とちょっとしたお茶の時間を除けば、休むことなくあるいた私は再度にドンスアン市場あたりから駅までダッシュしたこともあってか、足の平の親指の付け根付近が痛んだ。歩き方がどうも親指に力をかけてしまうためのようだ。
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どこの国にも右翼はいる。私はこういう人たちが好きだ。行きすぎないようにありたいものだとは思う。
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90分9ドルでボディマッサージをしてくれる。少しポイントがずれているが、金額と爽快感がよいため、2回も行ってしまった。
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次のかんばせ(顔)です。
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by mir2004jp | 2009-02-26 21:52 | Asia

Viet Nam Hueの王宮とかなんとやら

Viet Namには中国の息がかかった朝廷があった。
そもそも、越南というのがベトナムの中国名。多くの人は大体想像がつくはず。
中国と国境を接している国が、中国となんらかの関係があったということを。

このベトナムは、かなりの影響下にあったといえる。
フランスが占領するまでは、漢字がよく利用されていた国なのだ。
だから、この国は、発音が中国のそれに近い。

建物、食事、そういったものを見てもまさにリトルチャイナを地で行っている。
だから、私はあまり興味がなかったのかもしれない。
私はあまり中国には興味がなく、最低限の知識程度しかない。
四大奇書も、西遊記、三国志しか読んでいない。他の水滸伝、金瓶梅はまだ読んでいない。そもそも、金瓶梅は水滸伝のスピンオフなのだが。
せいぜい、封神演義といった神話的要素を含むものくらいしか手をだしていない。当然、金庸は何冊も読んでいますが。
そんなわけで、中国の知識は高校に毛が生えた程度。経済やらも果たしてどこまで知っていることやら。

そんな私が、ベトナムについて知っているのは、トラン・アン・ユン監督の映画で「青いパパイヤの香り」と「夏至」を早稲田松竹で見たくらいだ。映像は良いが、非現実的でどこか幻想的な趣のある、男がこうあってほしいと思う女性がそこにいるような気がした。
そう、今の日本を感じさせるものだったから、印象に残っている。

男は、現実に見つけられない「幻の女」を求める。それは、女が強いからそう思うのだと思っている。果たしてベトナムもそういう国だった。

前置きが長くなった上に、言いたい放題のこの支離滅裂街道を抜けてそろそろ写真の解説をします。

Hueの王宮。北京の紫禁城を模してつくられた。財政力と、はむかえない手前、規模は小さい。作品は基本的に一番になれない悲哀を見て取れる。細かな細工はアジア特有の繊細さが見える。保存状態は、気候と国民性(社会主義の弊害)により、決してほめられたものではない。敷地内では、ベトナムの若い男の子が連れ立ってタバコを吸っていた。文化財のある場所、しかも、禁止要綱にも記載があることを平然とやってのける彼らは、ベトナムの国民たちはどう見るのだろうか。
55000ベトナムドン(3ドル程度)で入るこの王宮は、見ごたえがそれほどない。興味のある人ならばいざ知らず、私にとっては、落ち着く場所がなかった。儒教的意図がそこここに見えるのが、非常に私的に耐え難いものだった。印象に残ったのは、廟と鼎。阮朝の皇帝たちの位牌(これは儒教ならでは。日本も位牌があるが、儒教の教えによる)と各皇帝の鼎におのおのの文字が刻まれている。
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夜は、宮廷料理を食べるため、イータオ・ガーデンへ。コースは10ドルと15ドルがあり。10ドルを所望した。
食事の一端は先の投稿でのせたとおり。前菜に揚げたゴイクンからはじまり、パイ包、焼肉やスープ、蓮ご飯、デザートが豆菓子だった。
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次は、ベトナム・ハノイの町歩きの写真です。
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by mir2004jp | 2009-02-26 21:34 | Asia

Viet Nam ツアーの先には鍾乳洞

Hueで作ったツアーからすべてははじまった。

少し、遊びで金額の内訳を考えてみる。

・車とドライバーをチャーターしただけだが、一日で90ドル。(ホテルから依頼)
・ドライバーの拘束時間が11時間。(朝の6時30分から帰りの17時30分と考える。)
・200キロの往復(400キロ)でガソリン代(レギュラー)をマニュアル車でしたとして、
おそらく燃費1リットルが10キロとみて40リットル(満タンにしておけばおけば、おそらく60リットルくらい入る車)の利用。1リットルはせいぜい1ドル程度。
・更に、ドライバーは自分の携帯以外に仕事用を持っていたことから、代理店に属する。

計算してみる。
■ガソリン代
40ドル
■ドライバーの人件費
20ドル(車が会社のものとした場合)
■ホテルへのマージン
5ドル(そんなにべらぼうな金額はとらないため、これくらいと見る。)
■車会社の取り分
25ドル

ドライバーの人件費は予想でしかないが、毎日ある仕事ではないこと。またHueで給料は月100ドルから300ドルが水準(ベトナムの方と話しをして聞き出した。)。これらから鑑みての結論。
隣のカンボジアでもバイクタクシーの取り分はバイクを貸している会社に1ドル、ドライバーが1ドル、ガソリンが1ドルで3ドルで観光をさせるというのが妥当であることから、ドライバーと会社の取り分はほぼ同じとした。

意外と90ドルも妥当なのかもしれない。そう思った。

☆フォンニャ洞窟
当初、Hueに入るまで知らなかった。正確に言うと、興味すらわかなかった。
しかし、誘われてしまい、暇もあり行った。
舟にのって鍾乳洞を訪れる、ちょっとしたパイレーツ・オブ・かリビアン。
時期を選ばないとおくまでいけないのだとか。
ちなみに、私の行った2月はそれなりに水かさもあったものの、写真のとおりの場所にまでいけた。
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☆ハロン湾
ハノイに行って、ここに行かないのは、ありえない。そう言われるのが、ハロン湾。
知り合った女の子とクルーズ。さしずめ、日本からきたとっぽいカップルといったところ。
舟にはスウェーデンのカップル、カナダ人のおばちゃん、富裕層のベトナム夫婦。ヒッピーのフランス人たちなどで日帰り特有の軽いのり。
ツアーは食事をつけると金額が、少し高くなる(20ドル。)。つけないと17ドル。
途中フロートに生簀がある場所があり、食材はそこで調達して昼飯となる。
食事では、カナダ人のおばちゃんとベトナム夫婦と同席したが、ベトナム夫婦がおもしろかった。
だんなが日本の企業ではたらく人。奥さんはほとんど話をしないが、食べ物をだんなの茶碗にポンポン放り込む。食べ方は、奥さんがなんでも醤油をつける上に、あまり美しいとは言えない仕草だった。
見かけは非常に美しいベトナム女性だが、品格というのは、えてして自然な仕草にでてしまう。
だんなは、どっしりとしており、間違いなく良家と見える。ベトナムもやはり、上下のある社会で成り立っている。
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☆香寺
ハロン湾に一緒に言った女の子が、最終日のフライト時間が遅いことから、近郊の見所に行こうと言い出したことから、シンカフェで急遽作ったツアー。18ドル。
ハノイの戻りが17時ということから組んだツアーだが、戻りは19時30分であり、おかげでエアポートバスをのがした。ただし、これは参考にはならない。2月中旬は旧正月ということもあり、香寺は通常ではありえない込み具合だったためだ。
見所は、やはり鍾乳洞。ここにある子宝をさずかる鍾乳洞に500ベトナムドン、1000ベトナムドンを擦り付けて賽銭する。(500ベトナムドンや1000ベトナムドンは束で両替ができる。そこここに人がいる。)
ちなみに1ドルが17000ベトナムドンくらい(2009年2月現在)。
一緒に行った女の子と二人で子宝に恵まれますようにと鍾乳洞にこすりつけてきました。
私がする必要があったのか不明ですが、なんとなくです。
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次は適当な写真のみつくろいの予定です。
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by mir2004jp | 2009-02-26 18:52 | Asia

Viet Nam 食は米にあり、されど味は味の素にあり

ベトナムの楽しみは食にあり。
多くの人はそう信じる。
かく言う私も相当楽しみにしていた。
そして、ある意味、いい期待の裏切られ方と予想通りの裏切りにあった。

米関係の食べ物。フォー(麺)や、ゴイクン(春巻き)やら、コムディア(ぶっかけ飯)に加えて、チェー(甘味)がある。もちろん、飲み物でシントー(シェイク)、コーヒーなどもある。

お味はいかがなものだった?

まずは、麺。路上で食事をしたときのもの。これは、小麦の中国麺。悪くはない。
スープは、普通。そう、あまり期待したものとは違う。だしが利いていない。味の素?
ワンタンも入っていたが、目の前で不機嫌そうに作っていた。
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ドンスアン市場で食べた、これまた路上の食事。
ここのは普通。これといったほめ言葉もでない。
ただ、雰囲気がよかった。
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お待ちかねの宮廷料理の前菜。ここからHueの食事。
一番よくできていたのがこれ。
パイナップルの中に明かりを灯し、にんじんでガー(鶏)を模したもの。あるいは、
宮廷というくらいだから、朱雀(鳳凰)というべきか?
これは、辛みそ、柑橘汁、しょうゆのいずれかで楽しむ春巻きを揚げたもの。
その後は、デザート以外は大きく冒険したものはなし。
デザートは豆で作った果実の形をした和菓子のようなものだった。
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ベトナムといえば、プリン。そこで近所のデパートにあるスーパーで買いました。
2種類。試すのが、当然の所業です。
奥に見える2つ入りのもの。こちらパステルの味わい。
手前の6つ入りは、ひどいもの。金額も当然違う。
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カメラの設定をいじって直しわすれたため、このあたりは画像が暗い場所仕様のまま。少し残念だが、さした問題ではない。
このカフェはハノイの本物のシンカフェの近所にあるところ、最後の3日間は入り浸っていた。店主の振る舞いに感動する、ベトナムで私がこよなく愛するスポットのひとつ。いつもホットをもらっていたが、アイスもおいしい。コンデンスミルク(練乳)が粗い味のダラットにあう。ベンメトートもおいしいが、結局、最後はダラットで締めた。
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食事の話題なのでこれも。食用犬。これ皮を引ん剥かれて飾られています。食べる場所もあまりないようですが。。。
私は結局食べませんでした。犬を食べるのをどうとか言うつもりはないですが、なんとなくです。
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次は、ツアーの写真です。
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by mir2004jp | 2009-02-26 12:51 | Asia

Viet Nam 舟で鍾乳洞へ

ベトナムの旅は拍子抜けするほどワンパターンになってしまった。

手順をまとめるとしたら、次のようなところだろうか。

①宿か、近所のツアー会社に行き、ツアーを申し込む。
②お迎えが来て、他のツアー参加者と合流する。
③現地でガイド(ガイドを供しない、乗り物チャーターは別)がチケットやら手配をする。
④舟に乗って現場へ行く。
⑤現場で買いたてほやほやのチケットを渡される。(チケットは大抵が2ドル~5ドル。対象による。)
 ④と⑤は前後する場合がある。ハロン湾の場合は舟に乗ること自体が現場に行くことであるため。
⑥観光をツアー客主体で実施する。
⑦バスで宿に下ろされて終わり。

ちなみに、ツアーだと必ず、民芸品のお店に連れて行かれる。
カナダならば、さしずめ大橋巨泉の店に連れて行かれるというが、そういったものと同じと考えてよいだろう。

私はどちらかというとこういう旅行になれていない。
いつも自分で手配するのが好きであるため、金額が安くすむ、時間がかかってもよいというのであれば今回のような旅行はほとんどしない。要は、人をあてにできないという独りよがりな旅行者なのだろう。

タイトルと手順に相違があるので付け加えておくと、現場というのが、大抵、鍾乳洞だったりする。。。

もちろん、ベトナム戦争の傷跡を舐めにいくツアーもある。これは、また別物。
ただし、こちらは、舟と鍾乳洞ではないが、手順に大きな違いはないはず。

次は、写真をアップする。
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by mir2004jp | 2009-02-26 12:13 | Asia

ならば、その先へ

「あふれる感動の涙、こぼれる笑顔を拾い集めに私は旅を続ける。」

再び思えるようになりました。

きっかけは、ベトナムの旅。
ベトナムでの日々を私は何も期待していなかった。

オーロラ行きの予定も事前の綿密な調査で、時期ではないと判断したその日、私が選んだのはベトナムだた。友人には、お得意の幾つかの選択肢のうちどれがいいだろうか、などというメールをだしてたりしていた。
本当のところ悩んでいた。旅にでることなどどうでもよかったのだから。

「30歳までにやりたいこと。」
この真意は、30歳になったら、いつ死を迎えても、次の言葉を言いたかったから。

「素晴らしい人生だった。」

かつてウィンストン・チャーチルは今際の際に言った言葉も似たようなことだったとか。

そして、私は帰国後も不完全燃焼のままだった。海外に行っても、行かずとも私の心に響くものなどなにもなかったのだから。

でも、このベトナムの旅は幾つかの大切なもの私にくれた。

30歳を超えてから時間がかかった。
かかった分、すべきことの意味を感じている。

未来のために私がすべきことがある。

伝えたい言葉がある。
「できないと思うのではない。できないのはしようとしないからなのだ。」
「得たいものは、簡単に得られるものではない。でも、得ようと努力し手につかめ。」
「頭で理解するのではなく、心と体で理解すること。」

私は次代の子供たちや若者に自分の経験や得た知識、知恵を残していきたいと思う。
そして、私は更に高みをめざし、新しいこと、古いことを学ぼうと思う。

やる気が出てきた、というわけです。

ひとりよがりな夢は、海での世界一周をいずれしたいというもの。
これは、陸での旅同様、結構な大仕事。
更に海の知識・知恵が必要となる。
計画を立てることは本当に楽しい。そして、それは本当に実現するためのもの。

もう一度、あと20年を生き抜くだけの活力を得た気がする。
これからあと20年の大雑把なプランを練ろうとおもう。

日本に帰国してから仕事がおもったより気持ちよい。
帰宅後も生き生きしている。

さて、明日も早い。そして、明日は、知り合いの韓国料理のお店で日本では食べられない料理をいただきます。
週末に報告するので乞うご期待!
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by mir2004jp | 2009-02-24 23:34 | What I think about

Seoul 焼肉天国

Are you ready?
Hey hey hey hey hey...

そんな掛け声とともに私の心は躍りました。
焼肉といったら韓国です。

仁川空港に到着してもまだ私の心は上の空でした。
いろいろありすぎました。

空港ではみな親切で7時にはホンデー(弘大)に到着しました。
宿泊先はホンデーゲストハウスの予定でした。
まだチェックインの時間ではないため、12時に戻れとということで荷物は預かってもらってシティホール付近のダンキンドーナツでカフェをして時間をつぶしました。
しかし、12時になり宿にもどると事態は最悪でした。

「宿泊者のみなは朝まで飲んで、帰ってから今も寝ているから起こすことができない。」

だから、ベッドはないとのこと。
「だったら、はじめからそういってくれれば、電車代金も払わずに他の宿に迎えたのに。」

「私はこんな宿にはとまらない」と告げて引きとめにかかるおばちゃんを引きずりながら宿を去りました。

そして、光化門にある大元旅館に行きました。
1泊20000ウオンでシングル(オンドル部屋)でした。
感動でした。

おば様がよい方だったのが救いでした。

前日の晩からひどい目にあい続けていた私は、疑心暗鬼も甚だしく、嫌な旅行になるところでした。

少し睡眠をとってから、夕方、日本人のメンバー3人で新村(シンチョン)に焼肉パーティにいきました。
そう、そのときの私には聞こえていました。

「焼肉天国」

そのわりにはあまり入らなかった。。。
サムギョプサル中心にひたすら食べました。
食い放題が7500ウォン

宿では日本人6、7人でぐだぐだと話を。
気がつけば、日本から近い場所なのだと実感をしました。

そして、私の旅行は終わりました。
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by mir2004jp | 2009-02-21 14:24 | Asia

Hanoi タクシー襲撃の顛末

先日のタクシー襲撃事件ですが、以下のとおりです。
記憶をたぐると若干間違いもあるもので、友人に送ったメールでは
2台のバイクとしたものが、今では1台だけだったように思います。
そこだけ書き直しています。

私の旅行史上最悪の事態が発生いたしました。
ベトナムの空港行きのタクシーで襲われました。
幸いにも大事にいたるケガはありませんでした。

詳細は以下に記します。

ベトナム最後の日、近郊の観光地へのツアーが想定外に
遅くなってしまい、現地のシンカフェというツーリストを
通して空港へのタクシーを手配しました。
仲良くなった女の子と一緒に楽しく帰るはずでした。。。
しばらくするとタクシーの後部を蹴る1台のバイクの若者たち。
すごくいやな感じでした。そのうちタクシーの前の方を
踏みつけるように蹴り始めました。タクシーを蛇行運転
したりしてから、窓から手を入れてきてドライバーの頭
を殴り始めました。
そして、タクシーのドライバーが止まった途端に突然棒でタクシーの窓ガラス目がけて殴りつけてきました。
一緒にいた女の子は、怖いといい、私の膝に顔を伏せ、私も、その彼女の頭部を両腕、両手でかぶせるようにして、ただ、根拠もなく、彼女にだけ分かるように大丈夫、としか言えませんでした。
ただ、状況を見ているだけで、この事態が早く終わるのを待つしかないという、ただ、ただそれだけでした。
その間にもドライバーは木の棒で運転席で殴られていました。
そして、意外と早く、狙いがドライバーだけであることがわかったため、違和感のある顔をぬぐってみたら、私の顔から血がでていました。
ガラスの破片で切れたようでした。けっこう拭った腕に血がついたため結構切れたのかもとおもいました。
彼女は、その間も、ただじっとしていました。それだけが救いでした。
正味5分から10分の間の出来事。随分と長い時間に感じました。
ドライバーは外におり電話をかけていました。おそらく、警察でしょう。
ベトナム人にじろじろと見られました。ずっと彼らは、私たちを見ていました。
彼女は全く顔をあげていなかったのですが、いよいよ落ち着いたのでもう大丈夫。空港に行くために違うタクシーをひろおうとつげました。
彼女の頬に血痕がありました。しっかり見たら、私の血でした。
彼女は無傷でした。
タクシードライバーに大丈夫か確認してから別のタクシーで行くことを告げました。ドライバーは別のタクシーを呼んでいてくれました。
降りた傍から見るタクシーは憐れなものでした。
後から来たタクシーの乗客は日本人で状況が呑み込めていなかったのですが、私と彼女の有り様からみてずっと二人が寄り添う状態にしてくれました。状況はすべて私が見ていたため、簡単な説明をしました。
おそらく、ベトナム特有の秩序ないドライビングでタクシーにクラクションをならされたせいか、ぶつかったせいだと思います。
いずれにせよ、なにもできませんでした。
意外と早く狙いが分かったため、平静は保てましたが、もし、私たちも狙ってこられたらと思うとぞっとします。
空港についたときには、タクシー代をまたとりあげられましたが、ほっとしました。
その後、彼女のチェックインカウンターに向かえにいき、搭乗までずっと一緒にいました。
ハノイはもう来たくないと言っていました。
ちなみに私は、窓ガラスで目の付近と鼻に3個所傷ができた程度。
すぐ血もとまりました。問題ありません。
私はなぜか、ビジネスクラスの席に座らされソウル入りとなりました。
結局、眠れませんでしたが。

彼女も私も無事、日本に帰国しています。
私の友人もベトナムでひどい目にあったとか。。。

鬼門なんでしょうかね。
人々の笑顔はとてもよかっただけに残念です。
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by mir2004jp | 2009-02-21 09:19 | Asia