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豊かさの中へ

豊かさランキングで日本は上位にいる。ただし、7位なのだとか。

All Aboutに2004年のものがあったのと、いくつかの面白いデータがあったのでそのまま2004年だけど貼り付けときます。
2004豊かさランキング
大学受験のころ小論文を書く練習をしたことがある。私はどういうわけだか、先生に発表される率が一番高かった。その理由は、情報量の多さと、文章の下手さで参考にしやすかったとのことだった。そこで、よく出たテーマは豊かさだった。ここで、小論文を書くつもりはないですが、旅の間、多くの場所で、多くの人が口走る内容は、大抵この豊かさというテーマだった。
精神的豊かさと、物理的豊かさ。
どちらかをとっていってみたところで結局、自己欺瞞にしかならない。
アフリカにいて思ったことは、みんなあたまが悪いということだった。語弊があると困るので、少し訂正すると一部の人を除いて、非常に物事を考えないという傾向を見受けられたと書いておく。南米もその傾向は強かった。アフリカほどではなかったが。
単純であることが幸せなのかはともかくとして、深く考える、知ることというのは、人を不幸にすることが多いというのも確かだと思える。複雑さが増せば増すほど、余裕がなくなる。
友人がいいました。
「アフリカ人は本当にあたま悪いと思いました。でも、彼らのように笑いながら生きられたら、どんなに幸せだろう。」
考える人間が笑いながら生きられないというわけではないとは思いますが、何かがあるよりない方が、いくらでも詰め込めるという話ではなく、必要なことにのみ生きるという意味では得なのではないかと思うことがあります。だから、性交といった本能に走るというのが多いのかもしれませんが、余計なことをより削って(正確に言うと考えることなく)、必要なことのみの生活ができたら、どんなに幸せかと思う。結局、ないものねだりなのでしょう。
私の論法だと豊かさとはものがないということに帰着してしまいそうで怖いのですが、そうなると今の私は豊かということになり、妙に幸せになれるのです。
そういえば、パパラギとか言う本も大分昔にありましたが、批判的な見方ではなく、よい見方をすること、これもこの本で言いたいことなのかもしれないです。立ち読みしかしてないから、もうほとんど忘れてますけど。立ち読みしに来週あたり、八重洲にでも行ってこようかと思う。あそこは、新宿同様、本が多くて一日がすぐに過ぎていく。私にとっての豊かさとは、そういった日々にある。象牙の塔が私の豊かさなのかもしれない。
結局、ぶれてしまった。思いつきで書くのが多すぎる・・・

今回の写真はトーゴからガーナの一部まで。
水はきらいだけど
Togo たまには
手紙
アシャンティの町
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by mir2004jp | 2006-11-30 23:48 | What I think about

ケツの穴が小さいやつなのか?

最近、就職活動は全然好調ではないのですが、そういったことから付随する話を少し。

私は会社生活も約3年。
PDM関連開発上流工程でプロジェクト・リーダーを約2年。
退職して海外移住、そして旅。
それから2年半がたち日本に帰る。

仕事なんかあるわけない!?

あるわけないのです。私は資格が嫌いな人だから。
人を使うときの指標は間違いなく資格なのはわかっている。
ただ、就職するために資格をとるというのが本末転倒に思えるから。
業務についているときも、結局、資格をもっているから仕事ができると思ったことはない。
結局言い分けなのだろうが、今はそうも言っていられない。やるか・・・
でも、DB関連、ネットワーク関連、資格とるのに、なんでテスト費用が高いのだろう。
認定のハードルが高いならともかく、受験料が高いのはどうかと思う。

私のケツの穴が小さいのだろうか?

それと、就職関係で書類選考やスカウト、面接で思うこと。
私にはブランクがある。資格も書いていない。
でも、面接に呼んでくれたり、スカウトしてくれるのはなぜ?
面接では落とされた理由は書いてあるとおりのことで、求人に合わなかっただけのことなのだろう。
スカウトはどうだろうか?
書類選考に落とされたり、面接で落とされた会社からなぜ、数度もターゲッティングメールがくる?あてつけか?
そして、スカウトするのはいいが、私のブランクや資格のことを読んでいないふしがある。これで、私が応募してはじかれたらいい笑いものだ。とりあえず、声かけてみるか、ということか?

などと、少し私も過敏になっている。
いや、ケツの穴が小さいやつなのか?

さて、困った。一応、ブランク不問という会社は見つけた。
しかし、私には資格がない。

となると、どういうことか?
全く違う路線にでも行った方がよいのだろうか?
それも一理ありか。

まずは、TOEICでも受けるしかないのだろう。
結局、何も解決していない。

ただ、こういう経験はそうそうできるものではないようにも思う。
会社を辞めたとき、年齢を考慮した上での見切り発車であったことは確か。
ただ、その後の約3年は私にとって実りのあるものだった。
要するに私は会社勤めも含めて6年間、常に充実しているということになる。
こんなに面白いこともない。
面白いことをまたしたくなってきた。
これが私の原動力なのか。

明日は毎日来るものだからいいものだ。
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by mir2004jp | 2006-11-29 11:47 | What I think about

失ったものを探す方法って

ふと思ったのですが。
家の鍵や、読みたかった本、そういったものがどこにあるのか探すことがあります。
そういったとき、パソコンなり、携帯電話なりで、サーチできて見つけられたらいいな。
などと思うわけです。もちろん、部屋だけではなく、家のデータ登録やら、なくなる前にICチップなりでもなんでもいいですが、セットしておかないといけないものも多いと思いますが、2次元から、3次元へと変わっていってくれてといった便利なものはないものだろうか。

現在では、形状検索なりができる時代ですから、早くできたらいいな、できるのかな、などと思うわけです。でも、見つかったら嫌なものなんかもあるとしたら、やはり家族なりではフィルターが必要になってくるのだろうな。などとくだらないことを考えながらのんびりと一日をすごしています。

早く仕事見つからないかな。
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by mir2004jp | 2006-11-28 17:01 | What I think about

まもなく師走

最近どうも体が重くなってきているように思っている。
これは現実なのか?
夢を見ることの少ない私がヘルスメーターで見た現実は夢のような数字でした。
この夢のような現実は受け止めたくない。なにしろ、よくない夢だから。
久々に友人に会ったとき言われた。私がおそらく55キロ強くらいだったときに会った人ら。
今は私は10キロオーバーしている。まずい。まぁ、55キロだったころは、体壊していて通常よりかなり体重が落ちていたわけだが・・・
では、走ろうか?
寒いからいやだ。という、しょうもないことをいう。
今の私は、下の写真のように間が抜けているのかもしれない。ナイジェリア、カノのものです。
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今回の写真はトーゴのものです。
Togo 少しはリゾート気分
Togo 砂浜でなにをっ!
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by mir2004jp | 2006-11-28 10:44 | What I think about

カタルシスなんだろうな

時代劇が好きということを少し考察してみた。
要は悲劇からのカタルシスをもてあそぶことでしょう。
だから誰かが死ぬなりなんなり、あるいは、虐げられているのをみたあとに、すごい切り合いやらが始まると感情の大洪水がおきるのです。
旅行中は、体感できるカタルシスがある。旅をしているときというのは、大抵がリラックスなどしていない私の場合は、我慢がたくさん続くと、おっさんなり、わかものなり、ガキなりが、「中国人」なりいうだけで、切れてしまうのも頷ける。ようは溜め込んでいたものが出てしまうのだ。オーバーフローした瞬間はいいが、あとで後悔することもあるのは事実。まぁ、いずれにせよ、でこぼこがあるのが刺激があり、感情のコントロールなりの中にいるだけに、吐き出されるものもすごいことになるということだろうか。
以前、「猟奇的彼女」という映画でもあった。主人公の女性がよくゲロを吐く。言い出したいことの変わりにでてくるものがゲロというメタファーがそれだが、なかなか下手な手法だ。
そんなこんなを考えながら眠くなってきた。眠気がオーバーフローしてきたようだ。

Abomey この世界遺産って
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by mir2004jp | 2006-11-26 00:23 | What I think about

時代劇を見る

私は時代劇が好きだ。
海外、日本にかかわらずとにかく好きだ。
あるいはそれに追従するものが好きだ。

日本の時代劇を久しぶりに見て、心ウキウキでおもわず書いているわけです。
徹底した悪人と、義理と人情、ときどき、ささやかなエロ。
こういったものが私にはこの上もなく極上!と叫びたくなる所以です。
どう考えてもおかしいことだらけなんだが、それでも、悪事を働く人の非道ぶりや、忠義で死んでいく下僕、悪人にはむかうことができなくてものにされてしまう薄幸の女性。たまに、お風呂シーンもあったりする。こういったもののしめくくりが、きってきって切りまくるなのです。おそらく、私の場合は、主人公が切られようが悪人が切られようがどうでもいいのですが、なんといっても、着物がいいのです。最近、日本では女性のくの一ものが新しくでてきたようでなんとなく、一話だけみてみた。コスプレだった。エッセンスがひとつ増えたようだ。でも、毎週は見ないだろうな。

さて、西アフリカ、アルコール集です。
モロッコ アルコールもの
セネガンビア アルコールもの
マリ、ブルキナ、ニジェール アルコールもの
ナイジェリア アルコールもの
ベナン、トーゴ アルコールもの
ガーナ アルコールもの

ベナンの写真も。
Benin ヴードゥー

写真を大きくしたので、ウユニも。
Uyuni Playa Blanca de Salar de Uyuni
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by mir2004jp | 2006-11-24 17:52 | What I think about

リアルを感じること

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キッザニアのニュースをだいぶ前に見たとき、これは面白いと思った。
でも、煮え切らない。そう思ったのも確かだった。

変な話だが、私は海外で大なり小なり、日本では自分から首を突っ込まないかぎり知ることがないことを見たり、聞いたりすることができたと思っている。
カンボジアにおいては売春だって、低年齢から行われている。
だから、日本だってしろといっているわけではない。
こういう低年齢、10歳そこそこの少女の売春行為を支えているのは、日本人も含めた外国人でもある。ただこういった購入者がいないと、家族を養うことはおろか、生きることもままならない。
アフリカでは上に見られるような看板もある。しかし、その横に妹た弟を背負いながら頭の上に売り物を載せている子供たちもいる。なにかを買うということを私は、必要がなければしない。もとより、欲しいものなど、大抵売っていないことが多い。ただ、水を売っているであるとかの場合、私は子供から買うことにしている。大人より、嘘をつかないからである。
私は無責任な同情は嫌いで、自分にとって良いか、悪いかの尺度でしか見ていないため、子供の物売りはうれしくない。ただ彼らが仕事をして必死な姿を見ると心は痛む反面、生きているということを遂行している実感も得られる。ひどい話だ。

「あれはジモン(双子)だよ」
バイクタクシーの元締めが言った。若い美しい女の子が二人。服も同じであたまに載せるお盆も同じ。売り物も同じ。彼女たちが私のバス待ちのときに、元締めに買い物を頼まれた。仕事とは関係ない。ただ頼まれて斜め向かいの薬局に買い物に行った。元締めはチップを少しあげたが、歩ける範囲であったのにもかかわらず、彼女の一人に頼んだのだった。私はよいことのように受け止めた。ちょっとしたチップでも積み上げれば大したことだし、働くということは何かをすることであること、実際に入ってくるお金によって代替される、そういったことがそこにはあった。
そんなことが繰り返されるアフリカの旅だった。

旅の終わりに、エジプトで飲み屋に行くときかわいらしい女の子が声をかけてきた。正確にいうと、両手をせわしなくうごかし、ティッシュを買ってくれと言ってきたのだ。しつこかった。はじめは右手を振りながら「いらない。」ということしか言わなかった。でも、なかなか引かない。私は声をかけてくる人すべてにきちんと答えてしまうという問題な旅人だったが、この子はいつもとは違った。まだ日本では小学生の低学年のような女の子が必死に100メートル以上も並んで腕をひっぱってくる。私は立ち止まった。根負けした。「いくら?」。返事は返ってこなかった。耳が聞こえないのだ。親は、この子の生きる場所をこのように選んだのだろうか。きれいな白いドレスのような服をきた子は、一人カイロの町、オラビー広場で人々を見上げるようにティッシュを売るのだ。
私はこころが動かされて、そういったものを買うことをしないだけに、奇妙な変化だった。
アホな私は、一緒にいたみなに言い訳をした。いいことというわけではないが、こういうことをするのは世の中では同情であったり、いい人ぶった行為のようにうつるのだ。私はそういうのが苦手だ。珍しくそういうことをすると恥ずかしいことをしたように思えてしまう。

私はまだそのティッシュを使っていない。目の前にある。あのときの情景をいまも思い出す。私はなにかができるなどとは思わない。ただ働くということはそういうことの中にあるように思う。奇麗事ではあるが、商品を売るという行為、作るという行為は常に顧客との結びつきがあってのものだ。それが子供に見せ付けられた格好だ。
日本ではそういったことまで教えているのだろうか。そうあってほしい。
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by mir2004jp | 2006-11-23 11:00 | What I think about

カンダタの手繰り寄せる糸

見上げた空の先、まだ先に。
見えないはずの糸が見えたらどれだけよいことか。
苦しいだとか辛いだとか。
困ったときにだけ、その糸を探していた。
これからもおそらく変わらない。

でも、気が付いていることがある。
その糸を今、自分で編みこんでいる。
糸は気が付けば自分の足元に果てしなくのびている。
どれぐらい丈夫なのかわからない。
ただかつて自分がもとめたあの糸に似ている。

このあとも続いていくことになるだろう。
どうしようもないとき、過去を振り向こう。
どうしようもないとき、未来を仰ごう。

また空を仰ぎ見ることが多くなった日々。
また自分の手元を見始めた日々。
こうして毎日はすぎていく。

BurkinaFaso どうしてだろうと振り返る日々もささやかな日々に彩られている。

とりあえず、今回の写真は上記の二つと、このガーナのお金のものだけです。あまり多くないですが。
Money Money Money 3
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by mir2004jp | 2006-11-22 14:36 | What I think about

形而上的感覚の形而下的記述

形にあらわせない事象を説明するのは、ニュアンスといったもの、非常に曖昧なものであらわすように思う。私はそれがうまくできない。できていない。
ものごとの先を先をと考えてしまうことが、話をするときには如実に現れてしまうようだ。いわゆるバスケットボールでドリブルをする際に、足の方が先にすすみ、ボールだけ後ろにあるということに似ている。不器用ですから。
現在、こういったことをのんびりと考えながら、昼なのに眠気に襲われている。今日は休養日にする予定。気が向いたら散歩にでも行く。
自信喪失を少ししている。ただどこかでほっとしている。
そんな日々はあとどれぐらいできるのだろうか。
あの苦しかった日々は、私にどう楽しかった記憶として残っているのか。
振り返った先にはニジェール、ナイジェリアといった国があった。
写真は、ナイジェリアと、ニジェールのものです。
Lagos Lagos Lagos
アレマン
Kalakuta Republic
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by mir2004jp | 2006-11-21 11:14 | What I think about

就活スタイルブックを読んで・・・

転職?第二新卒?就職?キャリア?
私の立場が微妙なため、とりあえず、参考になるものをと思い、新宿で手に入れたフリーマガジンを読んでみた。私がはじめて就職したときと大分変わっている。

就職にかかった費用が10万だとか30万だとか。
私もスーツだとか、かばんだとか買った記憶があるが、10万も使っていなかった。
今はというと、セミナー等への交通費で1万円も使ってない。面接なら交通費でるわけだし。

履歴書用の写真がどうみても別人に見せる写真屋だとか。
人事をやった人に聞いた。来て別人ということもあるのだとか。白黒や化粧で全然別人らしい。
私はあまり考えたことがなかっただけに、今回も写真屋でとってもらうだけ。

履歴書、エントリーシート(ES)なりの書き方。
エージェントには電子データで書くほうがよいとも言われた。
私は奇をてらったりということはしない。
職務経歴書もそう。

やはり私には手練手管といったやり方はあいそうもない。
格好つけているわけではなく、苦手なだけ。
採られる人は採られる。今までの積み重ね。
だから、私は落とされれば、仕方ないと思うだけ。
あまり落とされたことはないのだけど、今回は応募後の書類選考は時間がかかっても通るということが少ない。

私もなんか策を練った方がよいのだろうか。
でも、なんだか、解せない。そんな気分だった。

さて、今回は、また西アフリカのお金と、なぜか、ギニアビサウです。
Money Money Money 2
下着の売り方?
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by mir2004jp | 2006-11-18 12:05 | What I think about