カテゴリ:Book( 18 )

白夜を歩くように

十数年以上前にはじめて東野圭吾の本を読みました。「放課後」。こういう理由で殺人が起きるものなのかと思い、それでいて、普段から本を読まない私は、思ったよりスムーズに読めたことも手伝って2冊目、3冊目と手を出していったことを覚えています。そのころの私は、確実にどこかがおかしくて、相当量の本を読み漁っていた。もちろん手軽に読める本もあれば、面倒臭い本もあった。その中で、その後も含めて多くの作品を読んだ作家の一人が東野圭吾。ただそれも、ここ10年くらいは読んでいない状態だった。古本屋なりで手に入れた本はすべてあげてしまった。私はどうも本も同じ作家をひたすら読むため、おそらく20冊以上は読んだように思う。彼の作品に共通するのは叙情でことが進むという理工系の人間から生まれる発想としては稀有なアプローチにあるように思う。その分、訴えるに弱いことも初期のころは多かったようにも思う。そもそも、私は初期・中期の作品群くらいしか読んでいないのだから、久々に読んだ「白夜行」が一番最近のものとなる。これも4年前の作品だから評価などできたものではないのかもしれない。私は「パラレル・ワールド・ラブ・ストーリー」で東野圭吾を読むことを辞めてしまっていました。彼の作品で、これ以上を読みたくないという気持ちからでした。この作品は、技巧にこだわり、プロットへの理解が非常に難しいように思えました。もちろんこれは推理小説ですが、推理小説ではない、そういった作品でした。ただ、私がこの作品が気に入った理由は、パラレルな設定と、当時の私には電気が走るような出だしがあったからに他ならないでした。
「山手線と京浜東北線が平行して走る際、二つの電車の窓越しに二人は知り合う。毎日、目が合った二人は意識するようになるものの、反対の電車にはなかなか乗り移らない。このパラレルを打ち破ろうと反対の電車に乗り移ったときから、この二人は会えなくなっている。」
臭い設定ですが、漸近線に似ている。突然近づいてきて、決して交わることはない。こういった出だしから、友情、愛情といった部分、記憶と喪失の螺旋が始まる。
私が一番好んだ作品は、それでも、「十字屋敷のピエロ」であったりもする。純粋にピエロが好きだからというのもあるが、結末までなかなか読めなかった真犯人、そして、放課後からの系譜が見えていた作品だった。
そして、「白夜行」を夜通しで先日読みました。長かったです。作品はどうかというと、悪くはないです。ただし、痛い作品です。東野圭吾の初期作品から中期作品に見られる主人公あるいは、犯人の陰が軸です。書き方も大きくは変わらない。ただうまくなっている。私としては、この手の作品としては、「魔球」の方が荒削りではあってもよかったように思っています。身勝手なもので、結局、他の作品との比較になってしまうのです。ただ、これをドラマ化したというのが理解しにくいものでした。久しぶりに再会した本は新鮮さのないものであり、叙情に訴える作風が色褪せているように見えるのです。結局、技術と感性をバランスよくというのは無理な話なのか、そう思ってしまう一冊でした。それでも、一気に読ませる、その文才には感服でした。
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by mir2004jp | 2006-12-25 12:34 | Book

Le Grand Cahier - 悪童日記

Agota KristovのNovelです。

久々によい本に出合えました。
第二次世界大戦下のハンガリーを舞台にした双子の日記といった形式で書かれた作品です。戦争の中でどのように生きていくかを祖母に教えられ、自分たちで考えるといった中で彼らの話は追うことができます。
この作品は、双子であること、そして、これがいかようにも受け止められるだけにおもしろい。結末はこの双子ということをいかんなく生かしている。

私がこの作品が好きな理由は私も、おそらく多くのひとも彼らと同じことをしているし、そうしなければならないこともあったし、淡々とした文字の中に気持ちが含まれているからです。

詳しいことは書きません。時間ないので。
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by mir2004jp | 2005-11-01 18:48 | Book

読書の春

先月末にバイト仲間が帰国ということで、本を数冊置いて行きました。
その前からも本を送っていただいたりと日本語の本と戯れる機会がそれなりにあったのですが、書いていませんでした。

日本語の読んだ本は、以下の通りです。
『地獄変・偸盗ほか』
『杜子春・蜜柑ほか』
『王書』
『中東の歴史』
『風の又三郎ほか』
『怪談・奇談』

やはり芥川は面白いです。久々に再読だったのですが、昔読んだ時と、今とでは、実感が違います。神経質な芥川の作風は大好きです。
『王書』はフェルドゥスィーのまとめたもので、ペルシャの神話世界の話です。かつて、大学時代に民話、神話などに傾倒してしまったころに読んでいたものを再読といった形でしたが、フェリドゥーン、ザッハーク、白髪のザール、ルスタムは、『あぁこれこれ』という具合に思い出せ、喜びもひとしおでした。
『中東の歴史』は新書で、列伝でもなければ、編年でもない、著者の気分で書いたもの。その試みは『あり』でした。これから行く、中東の下調べみたいなものです。
宮沢賢治は残念ながら、今回も私には疲れました。昔もあまり好まなかったのですが、『???』ということが多かったので。
ラフカディオ・ハーンは今もやはり楽しい。そんな日々でした。

現在は、ロンリープラネットと、今だに読めない、『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』です
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by mir2004jp | 2005-04-17 18:52 | Book

電車男をやっと読みました。

ネットでですが、なんとなく読みはじめたら、、、
面白いです。

最後まで読んでしまって、結局旅の情報収集できずじまい。

男達が後ろから撃たれるスレ 衛生兵を呼べ
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by mir2004jp | 2005-04-09 22:05 | Book

Veronica decide morrer (ベロニカは死ぬことにした)

『死にたいと思ったことある?』
『それはないけど、存在の死、あるいは存在の喪失をもとめたことはあるね。』


『そのときはどうしたの。』
『旅にでた。誰も知らない場所に行いったいた。』

こんな会話をしていた友人から手紙なしの封筒が1月の末に届きました。そこには、一冊の本。それが、このパウロ・コエーリョの『ベロニカは死ぬことにした』でした。

どうして、この本だったのかは、議論がありそうなのですが、私は行き先は知らせておりませんでしたが、なんと、ドンピシャであててきました。
そう、この作品の舞台は、スロベニアのリュブリャーナです。飛行機で読みはじめて、そこに出てくる、フランツェ・プエレシェンの像まで、一時間後には眺めていました。

結局、スプリットからモスタルの間には読みおわったのですが、作品としては、お勧め文庫かという部分に疑問が残ります。

自殺の理由は、2つあって、変わりばえのない毎日に歳老いていく私という、芥川のような原因。そして、もうひとつは、世界でおきている哀しい出来事に対して自分は無力であるということ。

わからないことはないのですが、そういった中で精神病院で多くの人と出会い、心が生きるというベクトルに向く作品です。

悪くはない。でも、アルケミストと同様に少し、パワーがたりない感が私にはありました。
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by mir2004jp | 2005-02-18 00:53 | Book

講談社選書メチエ 知の教科書 ソシュール

何ヶ月ぶりでしょうか。

本を買ってきてしまいました。
フェルディナン・デ・ソシュールの考えをまとめた入門書のような本です。
「講談社選書メチエ 知の教科書 ソシュール」
と題名は書かれております。

以前、友人に「存在とはなんだろうか?」と壁にぶつかり、相談をいたしました。

「言語の要素は関係性によって存在を規定されているのであって、自律的に存在しているのではない。」

ソシュールの言葉を引用して、どう思うか聞いてきました。

ソシュールは言語学の範疇での存在論についてのアプローチをしました。
なるほど、私自身が存在するというのは、誰かが私という存在を規定することによって私がそこに存在するということのようです。

これに関した話は、ロシアの民話にもあります。実は、この話で私の存在への探求が再発してしまったのです。
「エフシナひめ」という作品です。もうかれこれ5年も前に読んだ本なのでしっかりと覚えているわけではないのですが、簡単な話はこうです。

ある国にエフシナ姫がいました。そのエフシナ姫と他の姫たちは仲がよかったのですが、あるとき、エフシナ姫が近くの湖に行ったときから状況が一変するのです。
湖に映ったエフシナ姫ははじめて自分の顔を見るのです。他の姫などとは比較にならないほどの美しさだったのです。湖の主はエフシナ姫の美しさにほれ込んでしまい、エフシナ姫を自分のものにしようとします。エフシナ姫はどういった経緯だったか忘れましたが、世の中のものがすべてなくなることを願い、自分だけが美しい存在であることを願ったのです(間違っていたら、知らせてください。)。すると、エフシナ姫が美しいと言うものはもう湖の主しかいなくなってしまったのでした。

こんなような話でした。友人はそれほど、難しい物語ではないと言ってくれましたが、なんとも腑に落ちない私は、偶然見かけたソシュールの本に手を伸ばしてしまいました。

明日(今日?)からのんびり読んでみたいと思っています。
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by mir2004jp | 2004-09-07 04:25 | Book

あっかんべェ一休

a0013001_15361198.jpg坂口尚の漫画です。以前には、石の花でも紹介をさせていただいた漫画家の作品です。

以前、らくださんのところでみつけた精神年齢鑑定で私は一休さんと友達になれるなどと書いてあったので久々に本棚からひっぱりだしてしまいました。

上下巻でしかもかなりボリュームのある作品ですが、テレビでみたアニメーションの一休さんとは赴きがことなります。生い立ちから亡くなるまでを追いかけたものです。

破戒僧の一休として室町時代に名を残したこの稀代の僧の話は興味深いものでした。
名前の由来は、
中国の宋の時代に、洞山が、師・雲門のところに赴いた際に質問された、
「おまえは、どこからきた?」
の命題によるものでした。
答えはなんだと思いますか?

人間らしい一休であり、煩悩のかたまりである一休はすごく魅力的です。
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by mir2004jp | 2004-09-06 15:48 | Book

モンテ・クリスト伯と連城訣

金庸という中国の作家の書いたこの作品を久々に読んでしまいました。

作品は武侠ロマンものが多く、この作品もまさにそのままなのです。

私の好きな作家にアレクサンドル・デュマがいます。
この作家の代表作の一つに「モンテ・クリスト伯」がありますが、これとほぼ同系列なのです。要するに、純粋ななにも訳のわかっていない若者が悪いやつに騙されて牢獄に送り込まれて拷問を受ける。そこで知り合った人の助けで脱獄を果たし、悪人をやっつけるという話です。

前者がモンテ・クリスト伯
主人公
エドモン・ダンテス(後にモンテ・クリスト伯)=狄雲
メルセデス=戚芳
フェルナン=萬圭
ファリア神父=丁典
エデ=水笙

けっこうこの類似点がおもしろいので挙げてみます。
①横恋慕で恋人を奪われる。いずれも結婚されてしまう。
②優れた技術を持ち合わせたため、ねたまれる。
③牢獄でのひどい拷問に会う。
④牢獄で理解者であり、教育者と出会う。
⑤脱獄後に有力な人間と出会う。
⑥新しく出会った女性に手は出さない。
⑦悪いやつはみんなやられてしまう。

描写はモンテ・クリスト伯の方がうまいです。与えられる試練の残酷さと、主人公の努力と人の良さは連城訣です。

連城訣の方が、格闘のシーンが多いのも異なります。

久々にワクワクしながら読んでしまいました。
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by mir2004jp | 2004-09-04 01:26 | Book

城の中のイギリス人

A.ピエール・ド・マンディアルグのこの作品は名作です。
今から10年前にこの本に出会って以来、たまに、読みたくなります。
人は概して大抵がザッヘル・マゾッホと同類です。ワンダ・リューメリンを求めています。(ワンド(権力を象徴する杖)と考えると非常に面白いです。)
私は、未だによくわかっていませんが、エネルギー補給のためなのか、この作品を読みたくなるのです。マルキ・ド・サドのような人間ではないつもりですが、人はある程度攻撃性を帯びる必要があるのではと思っているのです。

さて、作品ですが、良くも悪くも、人が悪に対して何の違和感を感じないであるといった部分、言葉遊びを巧みに使ったネーミング、流れるような文章。
どれをとっても素晴らしいのです。
小説の世界だけではなく、現実の世界でも、評価に値する本です。

ネタばれはしません。是非読んでみてください。
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by mir2004jp | 2004-07-30 00:55 | Book

石の花

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第二次世界大戦のユーゴスラヴィアを舞台にした坂口尚の漫画です。
クリロ、フィー、イヴァンの3人を軸にしたナチスによる占領下に彼等のとった行動とその行動によって迎えた末路が哀しさと平和の重要性を訴えます。

■簡単な所感
場所はスロベニア。
クリロとフィーは同級性で彼らには新しい先生フンベルバルディングがやってきます。
自然について学んでいく彼等とは別に、世界は戦争へと突き進みます。クリロの兄は政治に熱くなっていき、家を出ていき、クリロとフィーは近くの鍾乳洞への課外授業で攻撃を受け、バラバラになります。ここで、多くの友人を亡くします。
クリロは兄を探し、衝撃の事実をしり、フィーは強制収容所へと送り込まれる。
哀しい現実の中、生きることを必死に模索し、兄弟の絆に苦しみ、ただ信じるものを探す彼等に共感を覚えます。

石の花とは何なのか?
彼等が知った本当に大切なものとは?

私にとって大事な5巻完結の漫画です。
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by mir2004jp | 2004-07-02 12:59 | Book