朝8時に起きて、9時出発。やる気はないが、見るものは見ました。
久々に7年ぶりのピラミッド、変わっていなかったです。あたりまえか・・・ ただし、今回は、前回はいれなかったクフ王のものに入れました。50ギニー。学割で半額になりました。実際は100ギニーです。10ドル近くの金額ということで、かなりへこみます。中は、カメラ持ち込み不可能になっていました。持ち込みましたし、写真もとりましたけども・・・ 結構、すぐに見切れえしまうほどゴール地点が近いです。ただ、大回廊はなかなかでした。 もう登頂ということは事実上、不可能ということになっており、先日もチャレンジした方は御用になっておりました。 ケンタッキーで休んだのですが、後ろからすごい視線を感じました。スフィンクスです。 正面に見えるピザハットとケンタッキーはものすごい位置にあるようです。 韓国料理のレストランで25ギニーのスチューデントメニューを食べ、ヒルトンのカジノに寄ったりと、何をしえいるのだかという一日でした。明日は、エチオピア大使館です。そして、アスワン。
古き良き(?)カイロのドッキの町並みです。
あまり言葉を書くのもなんなので、いかがでしょう? ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() これで、今回の帰国までに撮った写真のアップはおしまいです。 おもしろいお話はありますが、時間があったら書きます。
突然の水浸しでした。車もよけながらでした。
![]() ちなみにこの陰を作っている高架のさらに先にバス停があります。目印は人です。 たくさんいます。バス停は国が作るではなく、人々が作るといったところでしょうか。 ![]() 場所はドッキ。少し中に入るとこんなレストランなんかもあります。3つテーブルがあるのですが、すごいスペースです。ファラフェルの中に入っているコロッケ(そら豆のカレー風味コロッケ)とホンモスと青野菜でホブス(ぱん)を食べます。うまかったです。二人で3ギニー。1ドルしません。1ドルが5.8ギニー。写真はこちらです。みな大きさが違うのが非常に面白かったです。手でつかんでぽんぽんとなべに放り込んでいました。フランス語とアラビア語をしゃべるおっちゃんです。いつも同じ服をきているらしい。 ![]() ![]() ![]() ヨルダンからエジプト行きのほうが逆より安いのです。 アンマンを7時30分に出発した私たち2人は、アカバに11時すぎに到着。即座に、2JD(3ドルくらい)でサウジアラビア国境に近い、アカバ港に行きました。タクシーでないと行けません。遠いので。 12時のスピードボート(36ドル)で国境越えでした。紅海クルーズ。(外でれなかった。) 前回は、スローボートでエジプトからヨルダンに行ったのですが、外に出れました。なんででしょう。 パスポートはどこにあるのか、わからず、国境でさまよいました。パスポートに印紙をつけてスタンプで入国です。印紙は係りの人が舐めてつけていました。ちょっと気分悪かったです。 バスでカイロへ。50ギニー(8ドル強)。15時発。 到着は、なんと22時40分。ラメセス駅の近く。くたびれました。 恒例のマンゴジュース2杯で若干、はらがもたれました。翌日には、うわさのグァバジュースにチャレンジということになりました。うわさとは・・・今度にしときます。かなりきつい内容ですので・・・ おまけで、エジプトのお金を前の100エジポン(ギニー)と新しいのを並べてみます。上が古いものです。 ![]() ![]() 日本のワイドショーで多くの人々にその顔を知られたサーメルを写真撮りました。 他の旅人も一緒にとったりと、かなりの人気を誇るサーメルですが、アンマンにあるファラーホテルに行くのではと5年くらい前から、何度もうわさをされていました。シリアのダマスカスにあるアルラビというホテルには、おもしろい記事があります。 「クリフホテルのサーメルがファラーホテルに移動するようです。」 その後、何人もの旅人が書き込みを続けます。 「サーメルはまだクリフにいます。」 そして、最後の方が書いていました。 「サーメルはまだしばらくの間、クリフホテルにいるものと思われます。」 そして、今もいます。 彼のキャラは日本人が好む気遣いにもあると思っています。 「フー・ウォンツ・ネスカフェ?ユー・ウォント、ユー・ウォント、ユー・ウォント、ユー・ウォント、アイ・ウォント。」 自腹を切っているネスカフェをみなに振舞います。ただ、旅人はアンマンを出る際に、ネスカフェを購入しておいて、サーメルの引き出しにいれて出て行ってしまうなどして、恩返しなどをするということもあります。私も、友人と一箱、置いてきました。押し問答ありましたが・・・(ばれたため。) イスラエルに行く前にクリフホテルのソファーの下に数百ドル置き忘れてしまった女の子には、エルサレムまで電話して、安心させてあげたりと、とにかく気がつくのです。そして、こどものようにUNOではしゃぐ。口癖は「アララヤ・テケラーフィ」。 出発するというといつも悲しい顔をするのが印象的なサーメルは、今日もがんばっているのでしょう。ただ、彼のやさしさに甘えてしまう日本人の旅人も多いのは確かです。ひどいのになると、サーメルに買い物をしてもらって送ってもらって、しかも、お金を振り込まないという人などもいます。サーメルの給料の3分の1だか2だかの出費をさせといて、ほっといているひどい日本人もいるのが現実です。かなしい限りです。情報ノートには、このようなことも多くかかれているのですが、やはり、甘えすぎないようにということが、みなの思うところのようです。 来年にももう一回くらい会いにいきたいな、などとおもわせてしまう、ヨルダン人でした。
イスラエルにスタンプなしで入れるポイントはヨルダンからしかない。そして、イラクへの道が開かれている(いた。というべきか。)もヨルダンだけ。その理由は、資源もない国であることでもある。すなわち、中東で一番、世界経済から置いてけぼりをくってもおかしくない国が、ここヨルダンなのです。
そこで(なにがそこでなんだか、わからんのですが)、今日は、なかなか食べられない(?)イラク料理などを紹介です。 もちろんたくさんの種類があるのですが、中東で一番おいしいと言う人がいるイラク料理ですが、イラク人たちの中で食べてきました。タンタンにあります(ダウンタウンのことをアラブ人らはタンタンという。そう聞こえる。)。この店の上の方がイラク人の住む場所らしい。 ![]() 真中の塩は好みで。そして、水は、道端の給水ポイントにあるのと同じです。 ![]() カレー味のスープに漬け込まれたチキン。中に染み込んでいない。でも、うまい。イラク人の手際のいい食べ方は見ていてなかなかのものです。 ![]() マーボ茄子の少し甘いものでした。 ![]() カレーチャーハンにそばまで入っている。私のは小石まで入っていた。 ![]() クリフホテルの下にあるジュース屋。100Filsでレモン(レモネード)は飲めます。ミックスは700Fils。1ドルが700Filsです。 シリア、ヨルダンでミルク、バナナ、りんごのシェイクは結構、よく聞きました。 ちなみに、私は、毎日のように、シャワルマやファラフェルを食べておりました。 そこで、ザムザム時代と同じ現象を、宿で起こしました。 「今日、ファラした?」 「4ファラ」 たまに、間違えます。非常に危険な間違え方。女の子が閉口してしまいました。 シャワルマをよく食べる人、シャワルマニア。ファラフェルをよく食べる人、ファラフェリスト。 いいかげんなことを話していました。今はたぶん使っていないのでしょう。 ![]() 友人とビールを買いにでかけたりと、結構外には出ていましたが、毎回、旧市街は歩くのが嫌でした。というのも、半年ほど前に、日本人の男性が、ひったくりと喧嘩して大怪我をしていたからです。毎回、一人ではうごくことはなかったものの、ダマスカス門から歩いて1,2分の宿への道はいつも、ドキドキでした。 ちなみに、上記写真は、新門から入ってみようということで入ったのですが、ヤッフォ門に出てしまい、そこから、ダマスカス門に向かう途中でとったものです。 人通りは非常に少なかったです。そして、次は、アンマンからの写真となります。
リトアニアのカウナスにはいまだに杉原千畝の住んでいたといわれる家がある。すくなくとも、取り壊しがされていなければ、そこには「希望の門」といった文字が見えるはずである。私がヴィリニュスにある杉原通りを訪れてからもう、5年の歳月が経つ。彼は60年も前に人道的な行いとして賞賛されるべき危険な国にはむかう行為を行った。それは、日本行きのヴィザをユダヤ人に発給したのだ。2000人ものユダヤ人は彼の一筆、一筆に救われていたということである。ただし、国からは了承を得ていなかったため、これは本来はしてはならないことであった。
そして、彼は、帰国後、仕事を追われる。 シンドラーというドイツ人、ワレンバーグというスウェーデン人らと並んでヤド・ヴァシェムに名前を刻むことはなかったものの、彼は間違いなく自分に正直に人間として戦争の中を駆け抜けたと私は考えている。そして、彼の功績はイスラエルにおいて認められた。彼の植樹はわかりにくい場所ではあるが、しっかり存在する。まるで、彼の存在が世界だけではなく、日本の中でも忘れ去られていても、きちんと一部の人の中にその存在が認められるように。 ![]() センポとは千畝をうまく発音できなかったユダヤ人が読んだ名前。そのため、彼は歴史の中で長い間埋もれることになった。それでも、彼を探していた人は見つけた。「ちうね」ではなく、「せんぽ」という名が刻まれたのは、おそらく、多くの人々にとって一番わかりやすい呼び方だったのだと思う。 ![]() 私のイスラエルの日々ももうそろそろ終わりです。今回は終わりなだけです。また訪れます。あそこには、まだまだいろいろな可能性が潜んでいるのです。 参考:「中東に降る雪@Jerusalem」のニッポンと流浪のユダヤ
本当はテルアビブに行く予定だったのです。友人が大きな町であるテルアビブに行きたいと言っていたことと、私はどうでもいい程度で考えていたため。それが、近くて面白そうなところとなると、やはり30分でエルサレムからアラブバスで往復6シェケルで行けてしまうベツレヘムがいいのではということで、行くことになったのでした。町の雰囲気は結構、落ち着かない場所ではありました。でも、エルサレムよりは物価が安かったように思いました。
生誕教会の前にナザレのヨセフのホスピスやら寄りながらたどり着きました。入り口にはガイドをしたがるおじさま。 日本(韓国版もあるため)の地球の歩き方をクリフホテルのサーメルから借りていましたので、 「ガイドブックに書いてあるからいいよ。」 断りました。やっこさん、うろたえることなく、本を閉めさせ、 「5ドルでどうだ。」 そそくさと、中に入る私たちにむかって、5ドルと叫ぶ声が続く中、 「What's 5 dollar?」 「???」 うちらは考えました。私たちにとって5ドルとは何なのかを問われているのか、それとも、What'sと5 dollarの間にカンマがあったのかと。 ![]() 中はいたって教会です。一年中あいているのであろう床にはモザイク。 ![]() そんな中、アルメニア正教のミサが始まったようでした。 ![]() とりあえず、生誕場所に赴きました。ここのようです。 ![]() フラッシュたかないと見にくかったので、フラッシュたきました。磔の場所と同じような穴です。でも、今回は手を突っ込みませんでした。なんとなく、産道に手を突っ込むような違和感を感じたので。考えすぎですが。 ![]() この若い信者は記念撮影を終え、満足のひと時だったようです。連れのアラブ人っぽい方がビデオをまわしたり写真をとって差し上げておりました。 ちなみに、私は、この後、アンマンのクリフホテルで同様(ただし、白のカッパ)をきたイタリア人に遭遇しました。それで旅をしていました。シリアからアンマン、そして、イスラエルのようなのですが、死海に行ったりと、巡礼なのか、遊びなのか、かなりなぞの男でした。 ![]() まだ、ミサは続いていました。三角錐の帽子がついた人もいたのですが、撮り損ねました。 ジャラベーヤ(エジプトならガラベーヤ、モロッコならジュラバ)といったものにかなり似ていました。 ![]() これが生誕教会です。大きいです。びっくりです。大したものです。つくづく教会とは質素でよいのではと思うのです。増築やら新たに建立するよりも、貧しき子らへ何がしかすればいいと思うのです。でも、これが宗教なのでしょう。 ![]() ミルク・グロットという、マリアの母乳が地にこぼれたことを受けて作られた教会のようです。教会のやっこさんはエルサレムの聖墳墓教会の方と同様、ガイドブックを見せると、去っていきました。なんというか、石灰でした。信仰って怖いなと思ったものでした。 < 前のページ次のページ >
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