カテゴリ:Africa( 119 )

133.孤独な旅のすすめ(西アフリカ)

私の日々はいつも孤独とともにあった。
孤独と向き合うことを繰り返し、孤独に強くなろうとした。
それが本当なのかを確認することができるのは、匿名性の中に埋没できる日本での生活なのか、それとも、誰も私を知らない地に降り立つことなのだろうか。
西アフリカに入る前、私を奮い立たせたものは、困ったときに逃げられないという現実を得たいという気持ちとそこを乗り越えたいという気持ちだった。その理由は、日本人の旅人にとって、西アフリカが圧倒的に旅がしにくいためだった。

1.フランス語が主流
2.インフラがひどい(フランスの植民地支配のせい)
3.情報がない(ガイドブックがひどい。日本にいたっては存在が古い「旅行人ノート」のみ)
4.旅行者が少ない(日本人はほとんどみない)
5.暴動や事件が多い
6.マラリア等の病気の情報が多い
7.賄賂が多い

悪い条件は挙げればきりがない。コンゴやザイールといったところほど、死への距離は近くないにしても決して楽な場所ではない。
そんな中、宿泊代もかなりかかるとい現実が控えている。
フランスの支配下にあったためなのか、どこもツインかダブルの部屋しかなかった。でも、こちとら一人身の旅行者。旅はしにくい。
移動についても、ブッシュタクシーという乗り合いタクシーが主流であり、乗り心地はすこぶる悪い。
こんなところになぜ行くのか?
ただ、旅行者としての意地でしかなかったように思う。みなが行けない場所に行ってみたい。そしてそこにある人々の生活や文化を体感してみたい。ただこれだけのことが私を突き動かしていたように思う。
食べ物は、ジョロフライスと茹ですぎたパスタのミートソース、チェブジェン(レッドライス)、ヤッサ(レモンシロップで炒めたたまねぎと肉のぶっかけご飯)、マッフェ(ピーナッツカレー)、リ・ソース(マギーソースかけご飯、ジョロフライスと同じようなもの)といったところが地域によってローテーション化される。日本でもマッフェを食べたことがあるが、現地より味が薄かった。他は、日本では未食。おいしかったのは、ヤッサ。他のは、誰でも作れそうな市販のソースをもとに作られたものだったように思う。食は意外と耐えられた。
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ぶっかけご飯(名前を覚えていない。)
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リ・ソース
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チェブ・ジェン
西アフリカはなにかとても興味深いものがあるかというとそういうものがあるわけではなかったのだが、ふと過去を振り返るのにはとてもよい場所だったように思う。
おかげで、旅行中の地図や物価をまとめるといったことや、日記の見直しができた。
不思議なもので、それから4年の歳月を経てもなお、あのころの日々を思い出す。
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by mir2004jp | 2010-05-05 12:59 | Africa

UMOJA観劇

9月19日(土)にUMOJA(ウモージャ:ひとつにまとまった心)を観てきました。
前から数番目という、相当ステージに近い場所での観劇でした。

アフリカのリズムを紹介するミュージカル。

一言。

ジェットコースターミュージカル。

最初から駆け引きのない強引な展開。とにかく、走り続ける。
黒人たちの黒い肌に幾滴もの汗が数曲で発生し、呼吸が荒くなろうが、彼らは、乗ったジェットコースターを止めさせない。こぼれる笑顔は、誰もがうらやむ最高のスパイス。気が付けば、ほとんどの曲で手拍子をし、一緒に体まで動く。8月にもミュージカル「RENT」で似た状況はあったが、今回のは、詩もわからない曲だ。彼らの強引さは、日本人にも十分、エンターテインメント、アフリカ、リズムのすばらしさを注ぎ込んだと思われる。

アフリカの古い時代から、アパルトヘイト、それ以降を編年体で見せるそのステージは衣装も印象的で、いろいろな局面でアフリカを見せてくる。前半の終わりにいたっては、予兆のある終わりではなく、大盛り上がりでブツと終わる。後半は、ゴスペルで盛り上がり、最後は、古きアフリカを振り返る終わる。

この合間には、内気な日本人を仲間に引き込む対話式のミュージカルの片鱗を見せてくれたことも付け加えておく。
さらに、男女のダンスで女性(がたいのよい)と男性(華奢)のリフトで男女の立場が逆転したのを指差して笑った私を間髪いれずに、笑いながら、逆に指をさしてくるキャストもいた。これは、どういうことなのか。間違いなく余裕があるのだろう。そして、ゲストと一緒に楽しむすべをしっているのだろう。

今回、ペアチケットにはワインがついていた。
メルローやカベルネなどのブレンドされたもの。これは、非常に飲み口のよいものだった。
350年前にワインを造り始めた南アフリカ。
また、ミュージカルという別の表現の場所ですばらしい羽ばたきを見せてくれた。

次のワールドカップでは、どんな姿をみせてくれるのだろうか。

私は、南アフリカについては、ケープタウンとジョバーグしか知らない。ただ、この二つの都市は興味深いものだった。特に、ジョバーグは危険だらけではあるが、南の方のアフリカで唯一アフリカの活力が見えた場所でもあった。不思議な魅力のある国の一つなのかもしれない。

いずれにせよ、アフリカの一部を知るきっかけ、思い出すきっかけになる作品であることに違いはない。
もし、またの機会があるときには、他の人にもすすめてみたいと思う。
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by mir2004jp | 2009-09-23 17:22 | Africa

UMOJA

TRIBESという飯田橋で食事をしました。

幾度か行ったことのあるお店でしたが、久々に行くと、今度は、UMOJAが店内の映像で流れていました。

『すごい!』の一言

ミュージカルやら舞台を観るのが好きな私です。アフリカで見たかったステージが更に洗練された形で観れるようなので、感無量です。

UMOJAは9月の末に赤坂ACTシアターでやります。
行きます。

ペアチケットなら南アフリカワインが1本プレゼントされます。
楽しみ。
UMOJA
UMOJA OFFCIALSITE

ちなみに食事に行ったトライブスはアフリカ料理を食べやすくしてくれます。
オススメは西アフリカに行ったことがある人ならはずせない、ジンジャージュース。
トライブス
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by mir2004jp | 2009-06-28 11:58 | Africa

104.ATMの場所をきかれて(ウガンダ)

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ウガンダのカンパラ。
アフリカの少し奥に入った場所にある国。ブガンダ語が国の言葉。公用語は英語。
食べ物はバナナやウガリが主食で、おかずは肉や魚(ヴィクトリア湖のティラピアやナイルパーチなど)。

ウガンダに入ったころ、私はエチオピア、ケニア、マダガスカルを抜けてきたこともあり、アフリカでのある程度の行動パターンと自衛能力はついていた。こういうと格好よく聞こえるが、正確には、もう何もかもが仕方ないで割り切れるようになってきたというべきだろうか。人間的向上心の退行が明確に表層に露見してきたといったところだ。
それも、ケニアのナイロビでの出来事が起因している。腹立ち大国の名をほしいままにした国を出た私は多くのことに頑張らなくなっていた。
そんな中、ウガンダは民族性も同じということで拍車をかけてくれた。

細かい話は今後に回すとして、タイトルの内容はこうだ。

ウガンダのカンパラに着いた日、私と友人(マダガスカルの友)と部屋をシェアしていると女の子がノックしてきた。日本人の大学生。

一人旅だとか。

私は自分の親友、彼女、奥さん、家族(女)がそういうことをしようとしたら、ついていくか、パートナーがいるかを確認して判断する。私が心配性なのもあるが、やはり女性がアフリカを一人で旅をするというのは、それだけの力量がいると思っている。男でも相当タフなのだから。

そんな女の子がノックして聞いてきた。
「ATMの場所知っていますか?」
到着したての旅行者に聞くことか?と耳を疑った。

友人のカップルが先に到着していたため、場所を聞けたからよかったものの、旅なれたわけでもない子が、「ただアフリカに行ってみたくてきました。」というのには驚いたのだが、日本人なら安心とばかりに部屋にノックするのはいかがかと。お互い助け合うのが旅行では当たり前だが、旅行業界の功罪をここに見た気がした。女性が強くなり、一人で海外に出ても大丈夫というのを喧伝するのを見るが、女性はやはりか弱いのだ。取材とは全然違うものだということをわかってもらう必要があると思う。何もひどい目に合っていない女性は、気が付かずに注意をしていることがあったりするものだが、その女の子は、はっきり言ってあぶなっかしかった。

女の子のその後はあまりにもひどい。

帰国の飛行機に乗り遅れた。
(私は飛行場へのバスについてバス停に行って説明までしたのに。)
タンザニアにいた私にヘルプの連絡がきた。
内容は、日本行きのチケットの金額が足らないなら、ロンドンで仕事をして貯めてから帰ろうかというもの。
(詳細は説明したものの、私が金を貸すからタンザニアのダルエスサラームに来いと伝えた(彼女はナイロビにいたため)。)
結局、ナイロビから帰国できたようだが、ウガンダでは野宿もしたようだ。
しかも、大学生連にも連絡(飛行機乗り遅れについて)をしていて、帰国後のそれっきりにしたようだ。
私には帰国の連絡がきていたため、みなは安堵したのだが。。。

旅行中、一人旅の女の子を見ると、当時のことを思い出すことがある。
私は女の子に弱い。
文句を言いながら助けている・・・

私の友人たちもみなそうだ。自分の大切な人でもないのに。

どこでどう掛け違いをしてしまったのかわからないボタンのようなものだ。
自立したい女性は頼るのは嫌いなのだろうか。助けられるのを嫌がる。
結局、だれかがいつも助けてくれるというわけではないのに。

こうして頑張らないはずの私を奮い立たせてしまった彼女はある意味、いい風を吹かせてくれたのかもしれない。私は女性がさらに苦手になったが。

女性、男性にかかわらず、旅に対しての考え方が昔より甘くなってきていると思う。
行きたいところにいくのはいい、でも、事件や事故、取り返しのつかない出来事に結びつく要素は日本より多いことを念頭において計画を最低限してほしいものだと思っている。また、旅は道連れとは言っても、自分の都合のよいようにことは進まないことを考えてほしいと思った。

今日の私はなんだか変なのでここまで。
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by mir2004jp | 2009-04-18 11:55 | Africa

アフリカに行ってみたいですか?

アフリカといえば、何を思い浮かべますか?

暑い
雨が降らない
野生の動物が多い
肌が黒い
縮れた髪の毛
身体能力が高い
発展途上国
貧困
飢餓
紛争
未開
人類発祥の地
・・・

いろいろなものが考えられると思います。

アフリカを人くくりにして聞いた私がおかしいと思う人もいるでしょうけど、他の国々の人、たとえば、アフリカの人に日本はどんな国ときいても、わかる人はそれほど多いともいえないのです。
目の端をひっぱって、目の細い人らがいる、中国の一部だろ、といったもの地球の裏側からよく来たねと言われる始末。

ひそかに日本を知っていてほしいと願っているととんだ目に会う。

ところで、なんで私はアフリカをアフリカと切り取って書いたのか?
そもそも、アフリカの国名を言っても、どこだかわからない人だって日本では多いくらいアフリカは日本にとって遠いい存在だからです。

いまでこそ、アメリカ大統領選で、オバマ氏(ケニア系)が現れたこと、正月の風物詩の箱根駅伝でケニアのマサイ人が走ったり、格闘技でナイジェリアの選手がでてきたり、オリンピックでエチオピアのマラソン選手らが活躍するのを目の当たりにして幾つかのアフリカの国名を知ることになっています。しかし、このケニアや、ナイジェリア、エチオピアはアフリカのどこにあるか知っている人はどれくらいいるのでしょうか?

おそらく、アフリカの白地図を見せられてきっちりと答えられる日本人は5%もいないんじゃないかと思っています。

要するにみな、アフリカにはテレビを媒介して貧困な姿、陽気な姿、紛争の姿、砂漠、暑いといったものを当たり前のように考えているのでしょう。私など、会社でアフリカに行ったことがあるなら、虫もたべられるんでしょう、と言われたりもしました。

アフリカ人も日本人と変わらず人であり、住んでいる場所が違うだけです。そのため、考え方も違うし、生活習慣も違うのです。

アフリカは、TOTOの曲のように、雨が降ってほしいと願っているような場所もあれば、寧ろそんな降らないでほしいという場所だってあるのです。そして、やたら暑い場所もあれば、寒い場所だってあるのです。私たちが知っているアフリカは、当初はヨーロッパ経由で入ってきたものです。そして、今もまだレポートなどがアフリカから直で入ることは少なく、ヨーロッパ、アメリカを経由するものが多いため、そのフィルタによって誤った、思慮を挟む余地のない姿を見てしまっています。

エチオピアは北部の高地に正教徒、南部の低地に土着、東部にイスラムで地域性がまるで違います。ナイジェリアも北部の砂漠にイスラム、南西部に土着、東部にカトリックといった地域性が異なります。そこの民族の考え方は異なります。そして、これらの国の線を引いたのはヨーロッパであり、戦争の引き金を引いたのもヨーロッパなのです。そして、懺悔のつもりのふりをした援助により、彼らの努力を削ぐなど、の見所もあります。話がそれましたが、民族、宗教の違いを許容することが難しい宗教をお互いが持っているのです。これは、もうアフリカというひとつのくくりにすることはできないということになります。みな同じ考えで、譲り合う社会なら戦争などおきませんから。

アフリカを知りたい、何があるのか知りたい、そういったことを思ったら、ぜひアフリカに行ってみましょう。ただし、今でこそそれほど多くはないですが、片道切符になる可能性はありますので注意してください。

気温50度以上スーダンで泥水を飲む、異臭立ち込めるエチオピアバスで高地の悪路を走る、突然町中で暴動が起きるケニアの町を走る、アフリカ縦断の始まりはそういったものからです。

安全、確実、そういったものの保障がない場合、どう行動をとるのがよいのか?
今の日本人に欠けたものを見つけにいく旅、意外と面白いですよ。

ヨーロッパの貨幣文化、音楽、食生活、スポーツに多大なる影響を与えた歴史の縁の下の力持ちのアフリカを多くの人に知ってもらいたい、そういったことをこれから、更に書いていくつもりです。そのためには、ヨーロッパ、南米、アジアといった拡散していった後のこと、影響前のことなども書く必要もありますので、このブログも少し長い旅になりそうです。

たくさんの方が、足を踏み込んでくださっているのに、なかなか続きを書けていないことが悔しいので、少しがんばります。
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by mir2004jp | 2008-02-16 22:43 | Africa

92.悪霊のバス(エチオピア)

エチオピアではバスで移動をしている際に驚くことがある。
バスは意外とコンパクトで荷物は屋根の上に載せシートをかぶせる。バスの内部は意外と一般的な作りだが、狭いことは疑いようもなく、宗教心の強い国特有の宗教画がバスのフロントガラス付近になんらかの形で見られる。
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このバスの移動はきわめて過酷である。朝が早い、狭い、臭いの三拍子がそろっているのだ。
ではまず、朝が早いについてですが、朝はいつも11時30分から30分前後の時間に出発する。おっと、朝11時30分は、エチオピアではスワヒリタイムを適用しているため、日本人的には5時30分になります。一日は半分にわけてあり、朝6時がスワヒリタイムで0時なのです。
しかも、バスターミナルは意外と町はずれということもあり、真っ暗な中宿をでることになります。
朝早い理由は、エチオピアでは国外の旅行者の乗るバスは夜行ではならないという決まりがあるためです。このため、長い距離を移動する場合、たとえば、ラリベラからアジスアベバや、アジスアベバからジンカなどは一日途中の町で一泊することになるのです。当然、宿代は自腹です。ちなみに、町なかのごろつきでもついてくると、宿代は2倍なりにはねます。

次に狭いについてですが、これは、旅行者にとってはそれほど過酷ではないかもしれません。私も席が狭いとは感じても、こんなものだと思ったものでした。ただ、席と席の間が狭いのです。

最後に臭いについてですが、これはなかなかすごい。エチオピアの人々はエチオピアのバスで移動をしているとつくづく思い知る出来事に関係があります。町から離れても、人々が歩いている姿が窓の外に多く見られることです。お金があまりないのです。そして、日本人には考えにくいことかもしれませんが、彼らは毎日乗り物を利用した移動をすることなど必要がないのです。
20KMと離れていても歩くのです。だから、彼らがバスに乗って移動をするというのは大変なことであり、日々の生活の中ではごくごく限られた人々が限られたタイミングで行われることなのです。となると、乗り物酔いが発生するのです。しかも、あまり風呂にも入らない人々であることからも臭いの発生元は別にもあるのです。

さて、体臭が初期設定であり、後続して嘔吐。臭くないわけがない。この嘔吐ですが、床に吐きます。また、子供などは床に小便をするようです(私は見ていないですが。)。ひどいものになると排便もあるとか。まぁ、この無法地帯とも思える場所において、救いの手となるべきものが窓の存在なはず。しかし、残念なお知らせです。郷に入っては郷に従え。
「窓は開けるな!」
そうなのです。エチオピアのバスは窓を開けてはいけないのです。空気の入れ替えはありません。

悪霊がいるのです。
バスの中には悪霊はいない。悪霊がいるのは外なのです。
こんな不条理なことがあるのか?

そもそもなんでバスの外に悪霊がいるのか不思議に思うと思います。ここからは私の推量ですが、バスが走っている間、外に風が作られます。バスの走行により相対的に作られる風が悪霊のもとなのでしょう。古来より風は何かの前兆として多くの人々に警戒や、希望を与えてきました。エチオピアにおいては、ことによるとバスの外の風が悪霊になるのかもしれません。

これは大変困りました。嘔吐は連鎖します。さらに、この国の食事であるインジェラは、こういうときには一番考えられないタイプの食事なのです。テフという穀物を醗酵させたものを焼いたクレープ状の料理なのです。味は、酸っぱい。舌触りざらざらの灰色のこの料理を日本の旅人は雑巾と揶揄することが多々あります。過酷な時間は5時間程度で休憩に入ることができるため、一時的に納まります。食事の時間。この食事の時間の後が修羅場となることは想像に難くないものと思います。はっきり言って吐かない自分をほめてあげたい。一応、私は日本の電車で酔います。

一応、当たり前のことですが、道はよくないです。きちんと揺れます。

私にとってこの移動は世界のどこかしこの移動手段の中では面白いという位置づけです。だって、スーダンや西アフリカに比べたら、まだぬるい。
日本はいいです。こんな苦労しなくていいし、いろんな宗教の寄せ集めなので、ある程度融通がきいています。

それにしても、なぜあのような移動をしていたときに酔いがひどくなかったのに、日本の電車では酔うのでしょう。不思議です。
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by mir2004jp | 2008-01-19 01:10 | Africa

46.真の男は●●●しない(ナイジェリア)

LAGOS、そこはとてつもなくメトロポリス。
現地の人は英語発音であるためか、レゴスといっている。でも、もともとがポルトガル語の潟であるラゴスであるため、こちらで呼ぶ人も多い。

さて、レゴスです。おそらくアフリカが好きで、音楽が好きな人間にとってここは聖地だと思います。ここから少し北のイケジャにはフェラ・クティのアフリカン・シュラインがあることからもわかるように、現代アフリカ音楽を語る上ではずせないアフロ・ビートがすぐそこにあるのです。このナイジェリアはすこぶる音楽がよいのです。ハルナ・イショラをはじめとするヨルバの音楽に私はメロメロであったため、偽造CDなどを購入しにレゴス島に行ったものでした。一枚は1ドルしないくらいです。基本的に交渉がベースですが、纏め買いは安いのです。日本どころか、ヨーロッパでも手に入らないレアなものも見つかるのですが、音を聞かないで買うとたまにはずれを引きます。音が入っていない・・・

と、音楽について長く書いてしまうとタイトルから逸脱してしまうので、本題に入りますと、このタイトル、実は、現地の看板に書かれていたのです。

私はヤバ地区に滞在していたため、やたらに大きいレゴスはミニバスを利用しないではまわれないのです。ヤバのバスターミナルかオジェレバのバスターミナルを多用した私は、いつもアフリカではかなり近未来とも言える空の橋の上のような高架をかけるミニバスが楽しくてたまりませんでした。そんな折、高架の終わりごろに、ふっと左上の看板をみると女性が悩ましいポーズで座っている黒い看板があるではないですか。

書いてある言葉は、「真の男はレイプしない」とある。

どういうことなんだ!
思わず笑ってしまいました。そして、この尋常じゃない看板を誰かに伝えたくてしかたありませんでした。

意外と多いようです。なんでなんでしょう。
世の中にはいろいろな話を聞きます。

・南アフリカ、ボツワナあたりのAIDSを治すことができる迷信
幼児と性交渉をもつ(基本はレイプのようです)。おかげで、ボツワナは一時期、10代の子供の60%がAIDSだったとか。

・フツによるツチ虐殺
1994年のハビャリャマナ大統領のヘリ墜落に伴い多数派フツによる少数派ツチへの虐殺の際に、古くはソマリから下ってきたと思われるスラッとした美しいツチの女性をAIDSキャリアのフツがレイプ。いわゆる人間兵器。

私は東南アジアもそうですが、アフリカというとAIDSのキャリアの比率が多いという印象は強くありました。なので、いくつかのこの女性にとってあるまじき事態は、アフリカにおいては大きな問題でもあるという再認識をするに至りました。

たしかに、私の宿泊した宿は、どこも安宿であったため、枕の下には大抵コンドームがありました。ひどい宿では、宿の中の通路に使用済みのコンドームもありました。使っているだけましなのかもしれませんが。

こういった話はまた時間のあるときにまとまった形で書きます。

いずれにせよ、レゴスははじめて旅行者の身の危険だけではなく、現地の人も危険ということを意識せずにはいられない町でした。

一人旅、楽しくてわくわくしますが、その分の危険は一杯というわけです。
今日は、眠いので、違う話題の際に、また書きます。

書き込みが不適切でしたので、件名を修正いたしました。
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by mir2004jp | 2008-01-08 00:09 | Africa

カメルーンからの手紙

ある友人から手紙が届きました。
ケニアからマダガスカル、ウガンダ、そして、ルワンダと旅の要所で行動を共にし、ブラジルのサンパウロで再会を果たし、一緒にサンパウロのカーニバルを見た友人です。

まだ旅をしています。しかも、現在コンゴ民主共和国(ザイール)にいます。先日のコンゴの副大統領の私兵による戦闘の際にも偶然出くわしてしまったようで、相変わらず運のない友人です。

この入国後に起きるハプニングはなかなか回避が難しい場合があります。
私の場合は1999年3月の初旬にベオグラードを出た後、空爆が始まりましたが、私の場合は、隣国への脱出が意外と楽でした。しかし、この友人の場合は、第三国へのフライト以外はすべてヴィザの取得が必要で、フライトも決して使えるとはいい難いものです。

いずれにせよ、その後チャットをして状況は聞けましたので少し安心しましたが、腐れ役人の国ザイールを縦断するそうです。

不思議な気分です。友人であるが故に心配であり、怒る気になれないのです。
普段なら呆れてしまうのに。

いずれにせよ、早いところザンビアへ抜けてほしいものです。
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マダガスカルのバオバブ街道
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by mir2004jp | 2007-04-02 22:52 | Africa

マラリアの薬

一応、アフリカに行って来た手前、少しそれっぽいものもだしておきます。
マラリアの薬です。
短期の旅行者はプロテクト、いわゆる、予防薬を携帯することが多いとおもいます。
というのは、時間的猶予がないからと、無理に体を動かし、体力低下を誘発してしまうから。

私もそれほど長くはなかったのですが、3ヶ月を越えてしまうのは知っていましたし、なんといっても、精神的な面、肉体的な面への影響が出やすいのが予防薬です。
そこで、私が選択したのは、トリートメント、いわゆる治療薬です。

現在では、アーテミシニン系がよいということを念頭において最終手段に用意したのが以下のもの。
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Coartem(コアルテン、コーテムなど呼び方は言語系に依存)。
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Fansidar(ファンシダール)。これは、1万人に一人失明する可能性があるのだとか。

今回は、アフリカの飲み物を紹介です。
ハイビスカス
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by mir2004jp | 2006-10-20 14:43 | Africa

Africa MozanからZAまで

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Tete(Mozanbique)は暑いまち。そして、私はサモサを買う。
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Mozanbique(モザンビーク)のバオバブもなかなか雰囲気あるようです。
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Zimbabwe(ジンバブエ)から始まるジャカランダはJohanesまで続く。まだ先へもか?
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Harareにはこんな建物だってあります。
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Artです。Zimbabwe。私の好きなタイプです。
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水量は少ないけれども、これがVictoriaFallsです。満月の夜には月虹(Luna Rainbow)あるいはMoonbowなどといった美しい光景も見れます。この月虹を女性と見に行きプロポーズすると成功するらしい。というか、ここまで来るなら少なくとも、旅行者の場合は、それなりのカップルのように思う。そうでもないか・・・
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クラフトマーケット。ここで買い物をしまくりました。おかげで重くて仕方なかった。しかも、壊れやすいだけに、スペイン、ドイツまでの持ち運びはかなり慎重でした。でも、喜んでくれたので問題なしです。
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これは、私のムビラ。どこへ行っても、空港で引き止められます。そして、「いいね~」。私も結構、というか相当、お気に入りです。
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Namibia(ナミビア)で私の泊まっていたYH(Swakopmund)。30ND(5USD)。
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これがNamib Desert(ナミブ砂漠)。
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Dead Frei。昆虫すらいない死のPan。ここで人は生まれ変わるのだとか。私としては、SossusFreiより好き。
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Cape of Good Hopeの近くのボルダーズビーチ。アフリカペングイン。たくさんいました。
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私は色つき。JohanesBurg。アパルトヘイト博物館は入り口は2つ。でも、出口はひとつ。
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Newtownでは、ラスタを編む女性も男性も多い。やはり町歩きは、危険といわれてもしてしまう。
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この近くにはアートギャラリーがありました。外は危険、タクシーに乗りなさいといわれました。でも、彼らは笑顔で写真を撮っていいよと答える。イメージ先行ではないのだけれども、やはりここは、私にはまだまだ底知れない魅力のある町。
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by mir2004jp | 2005-11-19 23:10 | Africa